先日の定休日、用事を済ませて家に戻ってテレビを付けるとマーティン・スコセッシュ監督の映画が放送されていました。その監督は私は好きなので、「タクシードライバー」「グッドフェローズ」「ギャング・オブ・ニューヨーク」「レイジング・ブル」等を見た事があります。
スコセッシュ監督の作品なら見なきゃ❗️と思って、映画の内容は知りませんでしたが途中から見始めました。
作品は17世紀の日本におけるキリシタン弾圧をポルトガル人司祭の目を通して描かれています。
キリシタン弾圧については歴史の教科書で知っているだけで、具体的にどのような弾圧が行われていたかまでは知りませんでした。
作品を見ている内に、キリシタンに対する拷問の酷さに胸が苦しくなってきます…何故人はこんなにも拷問の方法を考えられるのだろうか?最後まで見続けられる自信が無くなってくる位です。
原作は遠藤周作ですが、彼はクリスチャンです。キリシタン弾圧の歴史に関しては、詳しかったと推定されますので、決して大袈裟に描かれているとは思えません。
「なぜ神は我々にこんなにも苦しい試練を与えながら、沈黙したままなのか?」
司祭のこの心の声がずっと描かれています。
私はクリスチャンではありませんが、見終わった後も、考えさせられる内容でした。
次の日、ネットで調べてキリシタン弾圧のYouTubeを何本も観ました。すると九州だけではなく、1619年京都で「元和キリシタン殉教」、1623年「江戸の大殉教」があったことを知りました。彼らは見せしめのために酷い殺され方をされたのです。
また天草・島原の乱についても調べました。数多くの命が失われた史実を知って愕然としたと同時に、世界遺産・長崎と天海地方の潜伏キリシタン関連遺産に登録された意義を初めて知った次第です。